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QxLTalk「来るべき新たなデジタルマーケティングの時代へ」
ネットイヤーグループ株式会社 代表取締役社長 兼 CEO 石黒不二代 様
スマートフォンやSNSの普及によって消費者の購買行動は変わり、店舗やECのあり方も大きく変わりました。それに伴ってマーケティングの手法も更新されています。マスマーケティングの時代から、デジタルマーケティングの時代へ。デジタル社会で真に機能するマーケティングとは一体どのようなものなのでしょうか。消費者との友好な関係のつくり方から、人工知能とともに働くための方法まで、深遠なるマーケティングの世界について考えてみましょう。
2018年2月15日開催「Club100」第122回定例会より
マスからデジタルへ
テレビを観ていたら、新しい掃除機のCMが流れてくる。CMを観てその掃除機に興味をもったあなたは、家電量販店へ足を運んだ。あなたはそこで実物を触ってみてデザインや性能に満足し、購入することを決める。かつて、多くの人はテレビCMや新聞広告によって新商品の存在を知り、実店舗で買い物をしていました。しかし、こうした流れで買い物をする人は近年急速に減りつつあります。
最近では、インターネットで新商品の存在を知ることの方が多いかもしれません。Twitterで友人や著名人が紹介しているのを見かけて、あるいは、ネットサーフィン中に表示されたバナー広告を見かけて。そこで新商品を知ったあなたは次に検索をします。検索によっていくつものブランドを比較し、価格を確認する。その後家電量販店で実物を確認し、場合によってはそのまま家に帰って量販店より安い価格で販売しているネットショップで買うこともあるかもしれません。
スマートフォンやSNSの普及、ECシステムの進化により、わたしたちの購買体験は非常に大きな変化を遂げました。その結果、これまでテレビや新聞、ラジオなどマスメディアを活用していたマーケティング手法はその有効性を失いつつあります。マスマーケティングの時代ではなく、デジタルマーケティングの時代をわたしたちは生きているのです。「データなどを通じてお客様それぞれの多様な興味関心がリアルタイムでわかるようになってきました。これからは一人ひとりのお客様と一緒に未来をつくるということがマーケティングの“肝”になります。だから、わたしたちは顧客ではなく“個”客と書くこともあります」
そう語るのは、デジタル時代のマーケティング戦略によって企業のブランドを育てているネットイヤーグループ代表取締役社長兼CEOの石黒不二代氏。石黒氏は、現代は100人の顧客に100通りのマーケティングを提供しなければいけない時代だと語ります。
データを集めてつなげる
「これからはユーザーとの付き合い方が変わります。非常に近い将来、すべての人やデバイスが最低でもひとつのIPアドレスやCookie、メールアドレス、ソーシャルアカウントをもつことになります。企業側からすると、特定の人に特定のメッセージを送れるようになるんです」
そう石黒氏が語るように、インターネットが普及する以前のユーザーとは「声」や「顔」をもたない存在でした。だからこそ画一的な情報しか提供できなかった。しかし、インターネットが普及したことで情報の流通量は爆発的に増え、さらにはユーザー自身が発信することもできるようになりました。そのため、デジタルマーケティングにおいては、ユーザーの興味関心を知りながら一人ひとりに異なった情報を提供し、無関心だったユーザーと友好関係を築いていくことが求められています。
ユーザーとの関係をつくっていくうえで重要となるのが「カスタマージャーニー」です。ユーザーがどういった流れで商品にたどり着くのか、まずは典型的な流れを考えます。例えば洋服やバッグの場合であれば、Facebookで友人が紹介していたのを見て存在を知り、ブランドのサイトを確認して詳しい情報を得る。そしてお店に行って、場合によってはアプリでポイントを貯めながら買い物をする。重要なのは、このすべてのプロセスにおいて、企業がユーザー固有のデータを得られることです。SNSのアカウントやCookie、メールアドレス、名前──企業はさまざまなデータからユーザーの情報を得ることが出来ます。
さらにはデータ収集だけでなく、集めたデータをつなげることも重要です。ユーザーのCookieだけをもっている場合と、Cookie情報以外のデータをつなげられる場合では情報量が段違いなのですから。インターネットを見ているときに出てくる広告の多くも、わたしたちのデータを収集し、つなぎ合わせることで個別化されたものが表示されているのです。
オムニチャンネルとDMPの時代
現代は「オムニチャンネル」の時代だと石黒氏は語ります。店舗、通販、パソコン、スマートフォン──さまざまなチャンネルが独立して存在するマルチチャンネルの時代から、クロスチャンネル、オムニチャンネルと時代が移行するにつれてユーザーの行動がますます複雑になりつつあります。その結果、企業の行動も変わり、ユーザーのニーズを察知し、ユーザーの期待に応えることが企業にとって一番必要なことになりました。
企業が与える時代から、ユーザーが選ぶ時代へ。「モノ消費」から「コト消費」へと消費のあり方が変化したとよく指摘されていますが、そんな時代において求められるのは、ユーザーが選びたくなるような体験を企業が提供することなのです。オムニチャンネルの時代を生きるわたしたちにとっては、来店前の体験も「来店」の概念に組み込まれますし、特定の店舗だけではなくすべての店舗を「店舗」という包括的な概念としてまとめて扱うことが求められます。
こうした時代において現在強い効果を発揮しているのが、「DMP(Data Management Platform)」です。
DMPのなかにはさまざまなデータが格納されており、多くの場合、第一にはユーザーのCookieが含まれています。それをさらに提携企業のデータやクレジットカードやポイントを扱う企業、リクルーティング企業のデータと組み合わせることで、自社サイトのCookieにリアルな性格を付与できるのです。性別や年収、趣味嗜好を割り出し、さらにはそれをダッシュボード化して分析できるのがDMPというツールです。
前述したカスタマージャーニーを考えるうえでもDMPは大いに役立ちます。マーケティングを単発な施策の連続ではなく、継続的な取り組みとして行っていくために必須のプラットフォームだといえるでしょう。
デジタルマーケティングの困難
石黒氏と会場とのクロストークにおいては、石黒氏が解説してきたデジタルマーケティングをいかに「実装」していくかについて盛んに議論が交わされました。
まず挙がったのは、DMPの重要性を理解しても、何から始めればいいのかわからない企業が多いという指摘。具体的にどういったことからデジタルマーケティングを始めていくのがよいのでしょうか。この疑問に対し、石黒氏は次のように答えます。「最近デジタルマーケティングという言葉を覚えた経営者の方も多くて、かなり多くの企業でデジタルマーケティング部がつくられています。でも、“箱”があるだけで、実際は何もしていないことが多い。なぜなら、予算感もわかっていないし、どんなサービスをつくればいいかもわからないままデジタルマーケティングを進めろと号令がかかっているからです」
こうした状況を打破するために必要なのは「まずECをやってみること」かもしれないと石黒氏は続けます。
「ECを始めると大抵実店舗が怒るんですよ。そのコンフリクトをなくしていくのが大事です。例えばデパートの化粧品売場の人もECを始めると怒るんですが、実はECを始めてウェブ上でチャットカウンセリングみたいなサービスを行うと、結果的には実店舗のお客さんが増えて相乗効果が生まれたりする。もちろん相乗効果が生まれない場合もあるので、ときには人材の評価制度を変える必要も生じます。縦割りの制度をやめて、システムを変えていくことがこれからの経営者に求められると思います」
ただし、すべての企業がユーザーにモノを売るB2Cのビジネスを行っているわけでもなければ、既存の店舗をもたない場合もあります。会場からは、デジタルマーケティングの重要性はわかるけれども、どのタイミングでスタートすればいいか判断できないという声もあがりました。「実はB2CよりもB2Bの方がデータをとりやすいのでデジタルマーケティングにはかなり取り組みやすいんですが、それまでのシステムが十分機能していると新しい取り組みをスタートするのが難しいですよね。それにECと店舗という考え方についても、構造がかなり変化してきています。これまでECにとって宅配がボトルネックだといわれることがありましたが、最近は企業が自ら宅配を行うこともある。外出されない方やご年配の方にお届けして、そこでお話をしてまたオーダーをとる、みたいなことが起き始めると、宅配と店舗が混ざり合ってくるんですね」
石黒氏の指摘のとおり、近年はEC最大手のアマゾンが実店舗をつくるなど、ECと店舗という従来の二項対立は融解しつつあります。これからの企業はより柔軟にデジタルマーケティングへ取り組んでいくことが求められそうです。
人工知能と協働する必要性
クロストークのなかでも、会場から挙がった人工知能(AI)を巡る問いかけは非常に示唆的なものでした。
ビッグデータの処理などマーケティングの自動化が進んでいくなかで、AIが作業を担う部分は今後ますます増えていくでしょう。ならば、いずれマーケティングはAIにすべて任せられるようになるのでしょうか? そうでないなら、人間はどこに付加価値を与えればいいのでしょうか?
石黒氏は、マーケティングにはAIがまだ解析しきれない「揺らぎ」があるのだと語ります。「AIやマシンラーニングによって膨大なデータを高速に分析できるようになりましたが、その限界は常に“過去”を分析していることです。過去がこうだから未来はこうなるだろうと、AIは過去によって未来を予測する。どれだけテクノロジーが進化したとしても、この境界線は変わりません。それこそが限界だと思います。なぜなら、現実には過去のデータからは予測できない“揺らぎ”が発生するからです」
例えば、普段は広告やクーポン、店舗での接客にまったく反応しないユーザーがいるとします。こうしたユーザーは、広告を表示させるとかえって反感を買ってしまうので通常のマーケティング手法が通用しません。でも、普段は広告嫌いの人であっても、特定の商品に関してだけは異なる反応を返すこともあるのです。事実、最近ゴルフが好きになったという石黒氏は「普段は広告が表示されても見ないのに、ゴルフウェアだけはつい見てしまうんです(笑)」と語ります。こうした突然の態度変容は過去のデータから推測できないでしょう。
「身も蓋もない話ですが、その変化を推測できるのが人間の“勘”なんだと思います。勘を生み出すために重要なのは、ユーザーのことをなるべく深く理解すること。まず人間がユーザーのシナリオを設定して、過去のデータに沿ってオートメーションを進めていく。その結果をもとに手法を改善していくことはAIができるけれども、最初のシナリオ設定は人間がしなければいけないんです」
高度に進化したAIがマーケティングを独占し、人間は駆逐されていく──そんなディストピア的な世界は、もしかしたら訪れないのかもしれません。わたしたちに求められているのはむしろ、人間とAIがお互いの強みを活かしながら協働していくことでしょう。クオンタムリープのClub100は単なるマーケティング手法だけではなく、これから訪れるであろうAI時代におけるマーケティングのあり方についても考える場をつくり出していきます。
Quantum Leaps Corporation
TEXT by Shunta ISHIGAMI(TBK LLC.)